E-Punk インターネット時代のパンクロック
ここ数年、論争を呼ぶある音楽ジャンルをよく聴いている。 Incelcore、またはEpunkと呼ばれるジャンルだ。
宅録によるlo-fiなガレージ・ロック/パンクロックに、気だるげな声のボーカル、4chan的ユーモアが織り交ぜられた孤独で自己嫌悪に満ちた歌詞。 ある人はこのジャンルを世代の声でありZ世代のグランジと呼び、またある人は、憎悪と差別に満ちた低品質のゴミと呼ぶ。 2010年代後半に始まり、インターネットの中でコロナ禍のロックダウン期を通して広まった。
基本的には肯定的な立場ではあるが、ここではこのジャンルについて負の面も含めて説明していく。
まず紹介すべきはNegative XPだろう。Epunk/Incelcoreの原点にして頂点といえるアーティストだ。
Negative XP
▲Negative XP
2015年にはマリファナ所持で逮捕され、シカゴにある大学をドロップアウトした。 現在は反ドラッグでありパンクロックを聴かなくなったそうだ。 幼い頃に親に教会に通わされ、青年期に離れたあと、信仰に立ち戻った経緯もDoug TenNapelとの対談で語っている。
大学をドロップアウトした後、“ϟCHØØL ϟHØØTΣR"の名義でSoundCloudで活動を始める。
ナチスのSSを連想させるルーン風の文字で"スクール・シューター"だ。
2018年からは現在知られているNegative XPという名前を使い始める。
▲Negative XP/SchoolShooterのアルバム
MKULTRA Support Group
HardChrist,Sodaboy64,Spree,werewolf hair,Greens On Toast,XO_willowらのSoundCloud上の小規模な界隈のアーティストたちとともに、MKULTRA Support Group名義で『MSG Vol.1』というコンピレーションアルバムを2019年にリリースする。 このアルバムが小さなシーンを1つのジャンルとして宣言することになった。
TV screens of my memories
Show static waves of apathy
I’m a broken piece of what I used to be
I lost my mind when I was lost in dreams
I’m wide awake, but I can’t wake up
I hear you loud and clear, but you might break up
Cause this isn’t real, I don’t exist
Turn off, tune out before you lose it
I’m an MKUltra Victim
There’s poison in my system
===
記憶を映すテレビ画面に無感動のノイズ波が走る
俺はかつての自分の壊れた欠片
夢の中で迷ううち正気を失った
目は覚めているのに起きられない
君の声がはっきり聞こえる
なぜならこれは現実じゃないし俺なんて存在しないから
電源を切れ 受信をやめろ
正気を失ってしまう前に
俺はMKウルトラ計画の被害者だ
この体には毒が回っている
グループ名「MKUltra Support Group」は50年代から60年代にかけて行われたCIAの洗脳心理実験MKウルトラ計画に由来している。 略称のMSGは、もちろん味の素のことではない。
Epunkの歌詞には、こういった、孤独や、自己嫌悪、疎外感の原因を、“巨大なシステム"に求める、陰謀論をモチーフにしたミーム的な言い回しがよくもちいられる。
この『MKULTRA Victim』はこのジャンルで好きな曲の一つだが、爆発を生み出したのは、同じアルバムの別の曲だ。
オープニングトラックの『Scott Pilgrim vs. the World Ruined a Whole Generation of Women』。
『MSG Vol.1』がリリースされる2ヶ月前の7月にSoundCloudにアップロードされたこの曲は『Scott Pilgrim vs. the World』というコミック原作映画のヒロイン、ラモーナ・フラワーズに自己投影するような、髪を派手に染めて表面的には反抗的に振る舞うが、その実、自己嫌悪に満ちた快楽主義的で股の緩いステレオタイプの女性を皮肉る曲だ。 きっかけとなったのは8月上旬にYouTubeに投稿されたファン制作MVで、数日で数十万回再生された。
この曲のバズをきっかけに"Incelcore"という名称が使われ始め、一つのジャンルが生まれた。 現在活動する多くのアーティストもこの曲をきっかけにシーンを知ったと語っている。
その後2021年末に、第三者からIncelcoreという名前でシーンを総称されることを快く思っていなかったNegative XPはジャンルを新たに"Epunk"と呼ぶことを提案した。 これには一部のアーティストの反発もあり、また現在においてもIncelcoreという名称のほうが浸透している。
個人的には、Incelcoreという名称は『Scott Pilgrim vs. the World Ruined a Whole Generation of Women』のバズによって女性嫌悪的な面が前面に押し出されたことによる命名であって、括られる音楽の中心にあるのは孤独や絶望感や疎外感であり、女性嫌悪的な要素は一部にすぎず、曲にそれが一切登場しないアーティストも多い。ジャンル全体を表すのに適した言葉ではないように思う。 “Incelcore"という言葉のショックバリューは、インターネットで広まる上で大きな役割を果たしただろうが、“インセル"という言葉自体も雑に使われすぎていて嫌いだ。
たしかにそれらの文化やオーディエンスは、インセルという言葉と深く結びついているかもしれない。 しかしそれも、Negative XPの言葉を使えば “We don’t call music on the radio ’normiecore’” (normie: オルタナティブな文化などに属さない"一般人”)ということになるだろう。

▲Negative XPによるIncelcore改称のマニフェスト
Fantanoとのビーフ
『MSG Vol.1』がリリースされた1週間後、洋楽好きな人なら名前を聞いたことはあるであろう音楽評論YouTuber、Anthony Fantano(The Needle Drop)は"Incelcore"についてツイートする。
wondering what kind of rut you need to be stuck in to be recording lo-fi incel rock songs that are all just wavves ripoffs and then upload them to soundcloud.
(どんだけ行き詰まったら全ての曲がWavvesのパクリのlo-fiインセルロックをレコーディングしてSoundCloudにアップロードするようになるんだ。)
yikes.(うわー)
Negative XPは以前から、『You Shouldn’t Be Allowed to Listen to Music if You Watch The Needle Drop』という曲でFantanoを批判していた。 この曲は、人から借りた言葉で口を揃えて似たようなことを言うFantanoのファンについて、彼の左派的な政治観やヒップスター的趣味、ヴィーガンであることを絡めて批判した曲だ。 同調圧力的に決まる"良い趣味"や"良識"に対して、自分の頭で物事を考えることを説いている。
ツイートの3ヶ月後、Negative XPはこの件に対して『Yikes!』というアンサー曲を出した。
Virginfest、 ANTIFAとのビーフ

▲Virginfestのフライヤー
その後もゲームを使った比喩を用いてEpunk/Incelcoreの世界観を表現した『Gamer』『Gamer 2』をリリースし、『MSG』もVol. 2、3、4がリリースされ、“Incelcore"のシーンは拡大していった。
2020年には『TFW NO GF』というネット上のインセル文化に所属する人々に焦点を当てたドキュメンタリー映画のサウンドトラックとしてNegative XPの曲が使われた。 この映画は、アメリカのVPNなどに繋げばTubiというサイトで登録なしで無料で見ることができる。
『MSG Vol.1』の公開からちょうど2年後の2021年9月11日(ちなみに911からちょうど20年目の日だ)、Negative XP含む11組のアーティストはアトランタでVirginfestと呼ばれるEpunk/Incelcoreのフェスを開く。“童貞フェス"と言っても参加人数は数十人から100人程の規模だ。
しかし、これをアトランタのANTIFA団体であるANTIFA Atlantaが問題視し、Twitter上で中止を呼びかけた。
開催の1時間前、予定されていたライブハウスに爆破予告があったことで、急遽会場はChosewood Parkという公園に変更になった。 アトランタ市警の公開記録にはその数時間後にライブハウスへの爆破予告の通報無線音声が残っている。
公園でのライブの開催中も 「若い男女が酒を飲んで公園でたむろしている」 「黒いシャツの黒人男性が公園の入口で銃を見せつけている」 と2件の通報が入り、警察がChosewood Parkに現れた。 しかし、警察到着後に銃を持った人物は確認されず、警官は参加者と写真を撮るなど友好的に接した。

▲警察と写真を撮る参加者
会場にはANTIFA Atlantaのメンバーもいたそうだ。 通報者は不明だが「反警察であるはずのANTIFAが警察を呼んで中止させようとした。」という皮肉なナラティブが広まった。
会場では、警察や軍隊が市民を守ってくれることへの感謝を歌ったBaked Alaskaの『We Love Our Cops』のカバー曲が歌われた。
また、Negative XPは以前に60年代にヒッピーをボコボコにして鎮圧する労働者階級出身の警察について歌った『Cops Beating Down On Hippie Scum At The 1968 Democratic National Convention』を書いている。
翌年ANTIFA AtlantaはNegative XPの本名や居住地、来歴を特定し、ネットに公開した。
アーティストたちはその後もVirginfestに続いて、ペンシルベニアで2日間開かれたDoomerfestなどのライブを開催していった。 Doomerfestにもちょっとした"drama"があるがあまり重要ではないのでここでは語らない。
▲Twitchで配信されていたVirginfestのアーカイブ最近のNegative XP
その後もNegative XPは曲を出しながら活動を続けていくが、2025年12月に死亡説がTikTokで流れたことがあった。しかし、その1週間後に新アルバム『Bed Rest』がリリースされており、もしかすると自作自演的なプロモーションかもしれない。
Epunk/Incelcoreの特徴
音楽的には、宅録されたlo-fiなサウンドの、ガレージロックやパンク、スラッカーロック、グランジ、シューゲイズのようなロックが中心だが、中にはヒップホップやハイパーポップの形式を取っているアーティストや曲もある。
しかし、その歌詞には特徴的なテーマがある。 アーティストや曲の紹介を兼ねて説明していこう。
孤独、疎外感、社会不適合
“29歳になるまでに有名になりたいんだ"から始まるこの曲、Negative XP『Computer Shy』は、シャイさとそれによる孤独の中で、コンピューターの前で時間を無駄にしていく様を歌っている。 孤独や疎外感はこのジャンルの根幹であり曲を挙げればキリがない。攻撃性、自己嫌悪、依存などこのジャンルで歌われる他のものも多くは孤独が転化していったものだ。
自暴自棄な生活、孤立、自己嫌悪、絶望を描いた曲。
社会不適合者としての自己嫌悪が銃乱射犯的な攻撃性に変化していく曲。 リフはおそらく未来電波基地の『さよならクロステック』をサンプリングしている。 retardeadはオーストラリア出身の比較的新しいEpunk/Incelcoreアーティストで、以前Discordで交流したことがある。
ミーム化したフレーズを使い自閉症による疎外体験を歌っている。 Negative XP『Autism』やDumb As Rocks『Low IQ』など、自閉症や障害はよくテーマにされる。 NEETのようなアーティストは名前の通り社会不適合を自虐的に歌う曲が特に多い。最初の3つのアルバムのタイトルも、NEETの定義(Not in Education, Employment or Training)に由来する『Unemployed』『Uneducated』『Untrained』だ。
孤独や疎外感がテーマでも、RadioheadやThe Smiths、WeezerをEpunk/Incelcoreとは呼ばない(実はそれらの音楽をIncelcoreと呼ぶミームがあったりする)。 ではどう違うのだろうか? Epunk/Incelcoreにはこの時代と社会に誕生した、明確な文化的文脈が存在する。
インターネット
イギリスを拠点に活動するcrustsoxの『Raised By The World Wide Web』は、インターネットに育てられた体験とそれによる孤立の曲だ。
このような曲は他にも、 インターネットの友人関係に現実逃避していくNegative XP『Internet Friends』や、 あらゆるものが流れ込んでくるインターネットへの依存を歌ったUhOhSlater『Fried By Screen Time』。 redpilled/blackpilled、chad、incel、simp、based、coomer、doomerなどインターネットの"バズワード"がテーマのNEET『Internet Buzzwords』 などがある。
21世紀に生きていて孤独ならば、誰もがインターネットに居場所を見つけようとするだろう。 “Epunk"はその名の通りインターネットで出てきた音楽であり、インターネットで共有され広がり、インターネットの文化を言語としたジャンルだ。
インターネット文化の中でも特に中心になっているのは、4chanなどの掲示板文化だ。 4chanの中でも/r9k/という孤独や社会不適合、インセル文化について語られる板の文化などがよく言及され、4chanの語彙(chanspeak)やミームが頻繁に引用される。Cyborg9kというアーティストは/r9k/から名前を取っている。
インターネットやchan文化との文化的親和性からアニメについての曲や表現も多かったりする(例:Negative XP『Anime』、EDGEMASTER42『There Is No Misaki』、TzarBombah『Weaboos Are Losers』)。
pepe the frogやgreentextを使ったMVで、新しいEpunk/Incelcoreのアーティストの視点をユーモラスに歌っている。
一日中/r9k/を見ている生活について。
女性・恋愛への失望
『Scott Pilgrim vs. the World Ruined a Whole Generation of Women』でヒットしIncelcoreと呼ばれたジャンルであり、そのような直球に女性への嫌悪を歌った曲もある。 ただ全てのアーティストがそういった曲を書くわけではなく一部の要素にすぎないが、女性や恋愛への失望は繰り返されるテーマの一つだ。
よくテーマにされるのはe-girlと呼ばれる"オルタナティブなファッションをした、インターネット上で注目を集めることに執着した女の子"の類型だ。 Epunk/Incelcoreにおいては、救済をもたらす理想の恋愛対象として渇望される画面の中の存在であると同時に、その裏返しとして、浅薄な存在であり嫌悪する対象として描かれる。 Negative XP『Egirl』や、Loser64『egirl195』はe-girlをテーマにした曲だ。
女性と恋愛への失望についての曲を4曲紹介する。
PornHubのイントロから始まるこの曲は、関係を絶たれた"You"に対し、“あばずれ"と罵りレイプ被害の主張を嘲笑しながら、執着している様を歌っている。
この曲はおそらく男性の視点で歌われているが、Gezebelle Gaburgablyは珍しく女性のEpunk/Incelcoreアーティストで、初期はボイスチェンジャーで声を低くして歌っていた。
Virginfestにも出演したが、当時わずか17歳だった。 現在はEpunk/Incelcoreのシーンとは距離を置いており、2025年には「ジグムント・フロイトは性差別的で人種差別的でトランス差別的で同性愛差別的だ。」と批判するInstagram投稿もしている。
Snailmanという"インセル的"なカタツムリ男が曲中によく登場する。
e-girlインフルエンサーであったビアンカ・デヴィンスが親密な関係にあった男に殺害された事件を犯人の視点で歌った曲。 この事件の犯人がDiscordに投稿した遺体の画像は4chanなどを通じて拡散された。
XO_willow☆は『MSG Vol.1』から参加しているアーティストで、ハイパーポップのようにオートチューンで加工したボーカルが特徴的だ。
駐車場で1人酒をあおる情景の中で、失恋後の自暴自棄と相手への憎悪などを歌う曲。 TikTokでバズり現在このジャンルで最も再生されている。
Fried By FluorideはNirvanaが好きで、『Drain You』のカバーを出している。 16歳の少女との関係をめぐる発言で炎上したり、酒に酔った状態で配信中に男性器を出したりしたことがある。
現実には存在しないような、語り手によって誇張的なまでに理想化された独り我が道を行く"based"な女の子について歌っている。
この女の子は人と関わらず、反5GでSNSやテレビを避け、陰謀論的なまでに反権威的でMoneroを使い寝室にガズデン旗を掲げるようなリバタリアンとして描かれて、しまいにはSFで宇宙的な存在にされる。
I’m Not Like Other Girlsという、「自分は他の女とは違う女」と主張する女性を馬鹿にするミームがあり、タイトルの通りそういった女性と極端な理想の女性像を持つ語り手を皮肉っていると読める。
NormieとEdgelord
Negative XPの章でも出てきたが、”Normie“というスラングがある。 オルタナティブな文化に属する"自分たち"に対比される、没個性的で退屈な多数派の"普通の人々"を侮蔑的に呼ぶ言葉だ。
要はあらゆるカウンターカルチャーに見られるヒップとスクエア的な構図であり、反ブルジョワジー精神のようなものだが、この言葉はEpunk/Incelcoreの曲でもよく使われる。 例えば Fried By Fluoride『Die Normie Scum』やEDGEMASTER42『DIE NORMIE DIE』などだ。 Negative XP『MKULTRA Support Group』という曲も、ブルジョワジー的幸福を夢見るメディアやスマホに麻痺された"大衆"について歌っている。
Sex Pistolsの悪名高い一曲に『Belsen Was a Gas』がある。 この曲はナチスの収容所に関する露悪的なユーモアの曲で、物議を呼んだ。 シド・ヴィシャスやジョニー・ロットンはスワスティカの描かれた服装もしているが、それらは第二次世界大戦を経験した親世代やイギリス社会の禁忌に対しショックを与えるための記号であって、その後のネオナチ・スキンヘッズのそれとはまた文脈の異なるものだ。
Light Waveのパネルで「なぜ音楽を作るのか?」と質問されたNegative XPは、最初は作曲を感情的なカタルシスと説明していた。ところが、他の出演者がファンや孤立した人々のために音楽を作ると答えた直後、彼は次のように付け加えた。
(なぜ音楽をするのかという質問に対して他の参加者が「ファンを喜ばせるため」「孤立した人々をつなげるため」といった回答をした直後) Yeah, actually, I’m making music to just piss people off and put people down and make people feel bad. And I get off on that. 実際のところ、俺は人を怒らせ、けなし、嫌な気分にさせるために音楽を作っている。それで興奮するんだ。
edgy(不謹慎で過激で虚無主義的)な言動でイキる人のことをスラングで”Edgelord“という。 要するに露悪的な中二病だ。
4chan的ユーモアを個性にするEpunk/Incelcoreは、このEdgelord的感性を多く歌詞に取り入れる。 差別やネオナチ、オルタナ右翼から銃乱射まで。 自己嫌悪的な方向のみを歌い、こういった表現を使わないアーティストも存在するため一概には言えないが、重要な要素だ。
ナチスのシンボルはEpunk/Incelcoreにおいてもedgyなロールプレイングとして用いられる。 嫌いなやつをなんでもナチと呼んでくる周囲に対してならばナチという呼称を引き受けてやるという曲、Negative XP『I’m a Nazi』に表れるような、 Normieに対するedgyな挑発はこのジャンルを構成する一つの要素だ。
陰謀論的言い回し
『MKULTRA Victim』の紹介でも触れたが、陰謀論をモチーフにした言い回しがよく使われる。 4chan的でedgyなユーモアの1つだ。
アーティスト名にもなっている。古くからあるフッ素陰謀論を使って、“Normie"たちはフッ素に脳を焼かれているから馬鹿になっているという曲。 “Fluoride Stare”というミームが元。
ユダヤ人が"goy(ユダヤ人でないもの)“に加工食品やタバコなど体に有害とされるもの(goyslop、ゴイムの餌)を与えているというネットミーム的な陰謀論をもとにしている。 Tzarbombahはこの手の過激な曲が多く、この曲含め、MVがよく消されている。
elfinpsyopという4chanの文化やEdgelord的発言が特徴の、陰謀論的なキャラクター設定をもったVTuberの誕生日に、彼女のファンの依頼で作られた、インターネットを眺めていくうちに政府による大量監視の陰謀に目覚めていく曲。
銃乱射犯
Negative XPがSchool Shooterという名前を使ったように、“銃乱射犯"という存在はEpunk/Incelcoreというジャンルにおいて密接に関連したedgelord的言い回しで多用されるシンボルになっている。
ナチスよりは身近であり、孤独や疎外感、フラストレーションが周囲への攻撃性へと転化する点で似たテーマを持っている。
冒頭にクライストチャーチ・モスク銃乱射事件を伝えるニュース音声が流れ、犯人の視点で歌ったブラックユーモア。 曲中で“Here is the church"という手遊びの童謡の替え歌が繰り返される。
犯人が女性嫌悪を背景に起こしたルビーズ銃乱射事件についての曲。 Lil Watermarkはニューヨーク出身のアーティストで、2024年10月に交通事故で死亡した。
失恋の後、銃乱射事件を起こし警察に射殺されることで自殺しようとする曲。

▲Negative XPのTシャツを着たソロモン・ヘンダーソンと日記の一部 ヘンダーソンはアバンダント・ライフ・クリスチャンスクール銃乱射事件を起こしたナタリー・ラプノウの自撮り写真を真似している
Epunk/Incelcoreには銃乱射事件に関する曲が多く存在するが、それに影響されたと語る銃乱射犯も出てきた。 2025年1月、テネシー州ナッシュヴィルのアンティオーク高校で銃乱射事件が起こった。
犯人は17歳の男子生徒ソロモン・ヘンダーソン。銃撃によって1名の死者と1人の負傷者を出した後、犯人のヘンダーソンは自分の頭を撃ち抜き自殺した。
ヘンダーソンのマニフェストや日記には、Epunk/Incelcoreに関する記述が見つかった。 「following music called Incelcore/Shootercore taught me kill(Incelcore/Shootercoreが俺に殺すことを教えてくれた)」や「Alan S. Kim aka shooter made me do it and he is a sellout(Negative XPはセルアウトだけどあいつが俺にそれをやらせた)」という言葉がある。 また日記にはTop10 Incelcore artistのような項目もあり、 ヘンダーソンが自身のものとするSoundCloudにも大量のEpunk/Incelcore楽曲がリポストされていて、Epunk/Incelcoreに傾倒していたことがうかがえる。
しかし、直接的な事件の背景になったと結論づけることはできない。 ヘンダーソンはsoyjak.partyという4chanから派生した掲示板に入り浸り、TCC(True Crime Community)という大量殺人犯について関心をもつ人々のコミュニティなどにも参加し、The Com系の文化の影響も受けていた。 The Comは、未成年者への性的恐喝や暴力の強要を行う"764"や、暴行・殺人・放火などを実行・扇動する"Maniac Murder Cult”、764から分派して無差別殺傷を扇動する"No Lives Matter"などのネット上の犯罪ネットワークだ。 The Com系のコミュニティでは、イギリスで生まれ、サタニズムやネオナチズム、終末論的な戦闘的加速主義などを結びつけたオカルト主義運動“O9A”などの思想や美学がしばしば流用される。 TCCやThe Com系などのコミュニティや思想は他の銃乱射犯のプロフィールにも頻繁に登場し、一種のサブカルチャーと化している。 ヘンダーソンが影響を受けたネット上の複数の文化の重なりの中にEpunk/Incelcoreも存在していたと見るべきだろう。
最近のEpunk/Incelcore
2023年以降のEpunk/Incelcoreのシーンは退潮気味だ。SoundCloudには新しいアーティストも増えているし、少しずつジャンルの存在も知られるようになっている。 しかし、散々出尽くして似たような歌詞ばかりになっているところがあり、マンネリ感は否めない。
また、プラットフォームの規制も強まっていて、曲の内容や発言によるアカウントBANや動画の削除も多い。
コミュニティ関係者から聞いた話によるとアンティオーク高校銃乱射事件を起こしたヘンダーソンはE-CELポッドキャスト(Epunk/Incelcoreのアーティストへのインタビューを中心とするポッドキャスト)のDiscordサーバーやNEETのDiscordサーバーに参加しており、銃撃事件後NEETのDiscordサーバーの一部のメンバーがFBIの捜査を受けたそうだ。 それ以降サーバーはクローズドになり、アーティストたちは自分のDiscordサーバーを公開するのを躊躇うようになったようだ。
2024年10月頃、Epunk/Incelcoreコミュニティからは"ソフトすぎる"とされ敬遠されているRedditのr/epunkサブレディットさえヘイトを助長したとしてサブレディットごとBANされた。 (ちなみにTzarbombahはこのサブレディットについての曲も書いている。)
インターネット時代のパンクロック
日本においては、Edgelord的な過激さはそこまでないものの、lo-fiなロックで社会から疎外される人々を歌い、その歴史がインターネットと共にあった神聖かまってちゃんと、その影響を受けたアーティストたちとは共通点が多いかもしれない。 神聖かまってちゃんはカッコつけのためのファッション的な反抗や、洋ロックの様式のそのままの翻訳ではなく、実際に日本社会で社会不適合者として疎外された自身や人々の境遇や感情を正直に歌ったからこそオリジナルでありえた。
かつてパンクロックは、ピューリタン的道徳や保守的な"良識"への挑発を試みたが、 70年代からその身振りが繰り返され、現代においてはもはやクリシェと化している。 今やそういった社会的な「良識」を同調圧力で敷き、そこから外れるものを取り締まっているのは、かつての"反抗者"のほうだろう。 おしゃれで"反抗的"な良識派であることをお互いに確認しあうだけで、疎外された人々を孤独や窮地から救うこともない。
Epunk/IncelcoreのDIY的なロック・サウンドや社会への反抗的態度といった、パンクロックと共通する要素は、インターネット時代の若者のフラストレーションを描き出すために用いられる。 このムーブメントは起こるべき場所で起こるべき時代に起こるべくして起こったものだ。 ニヒリズムの時代に生きる我々は、それを何かで紛らわせなければならなくなる。 健康的なものであれば、友達や恋人との交遊は、心地の良い連帯感を与えてくれる。 そうでなければ消費やドラッグ、スクリーンがドーパミンを与えてくれるが、それでは孤独感は消えない。
そのニヒリズムと孤独は様々なものに転化していく。 依存と自己嫌悪、インターネットへの執着、女性による救済への期待と裏返しとしての憎悪、オルタナ右翼・ネオナチ・サタニズム・銃乱射犯への"ロールプレイング"がもたらす何か大きな物語の一部になったような感覚への憧憬。
こういった人々の境遇や感情を正直に語ったEpunk/Incelcoreというジャンルは共感を生み、その挑発的なショックバリューによるインターネットでのバイラルと共に、Z世代の新たなカウンターカルチャーの一つとなった。