インディーウェブ - かつてのインターネットに戻ろう
インディーウェブ
アメリカ国防総省の研究プロジェクトによってインターネットの原型が発明されてからいまや半世紀以上が経った。
2020年代のインターネットは醜悪だ。複雑な技術スタックの上に築かれた無個性なデザイン、ユーザーのアテンションを引き付けるために最適化されたアルゴリズム、スロットマシンのような数個の主要プラットフォームに集中するトラフィック、バズと広告収益のためのコンテンツ。
この現状に対するオルタナティブの提示はいくつかある。
Fediverseはその一つだ。 FediverseはActivityPubなどの共通したプロトコル上に構築される分散したSNSプラットフォームのネットワークで、マイクロブログのMastodonやMisskey、動画サイトのPeerTube、インスタ型写真共有SNSのPixelfed、Reddit型フォーラムのLemmyなど多様だ。 このサイトでもマイクロブログとしてGoToSocialのインスタンスを運用している。 RedditのAPI制限やDiscordの年齢確認義務化、Xでのイーロンの横暴など大手プラットフォームがユーザーの要求に背く方向へ舵をきる中、Fediverseへの移住の流れが生まれている。
Fediverseが提示するのはWeb2.0における自主性と反中央集権だが、一方で古いシステムへの回帰を提示するものがある。
「Web2.0は醜悪で、Web3.0は詐欺だ。ならばWeb1.0に戻ろう!」
それがインディーウェブだ。 インディーウェブという概念は、2011年にIndieWebCampというカンファレンスで提唱された。 その詳しい主張はIndieWebCampのサイトなどを参照してほしいが、 簡潔にいえば、「自分で作り、自分で所有し、自分で公開するWeb」だ。 2000年代のように自分で作ったサイトを自分のドメインで公開することが、現在のプラットフォーム中心の醜悪なインターネットへの対抗になるのだ。
NeoCities
昔のインターネット文化を象徴するものとしてよくGeoCitiesの名前が上がる。 1994年に開設され、2009年に閉鎖された無料のWebホスティングサービスだ。日本版だけは2019年まで続いた。 手打ちされたHTMLと創意的なCSSによる装飾、自己満足的で個性のあるコンテンツ。アーカイブサイトを眺めるのは楽しい。
GeoCitiesやそれに類するサービスやサイト群の喪失は、インターネットの風景を大きく変えただろう。
NeoCitiesはその名前が表す通り、GeoCitiesのようなかつてのインターネットの体験を復活させるために、Kyle Drake氏により2013年にサービス開始したWebホスティングサービスだ。
独自ドメインを使うには月5ドルの有料プランが必要だが、".neocities.org"のサブドメインに静的なWebサイトを1GBまで無料でホストでき、バックエンドのソースコードもオープンソースとして公開されている。
開設に際して投稿された『Making the Web Fun Again』はインディーウェブ精神のマニフェストにふさわしいだろう。
Yahoo!がGeoCitiesを閉鎖した時、彼らが消したのは単なる大量の「踊る赤ちゃんGIF」や「Limp BizkitのMIDIファイル」だけではありません。 彼らは、人々(ウェブ初心者も古参ユーザーも)が簡単にウェブサイトを作り、自分自身のコンテンツとその見せ方を完全にコントロールできる場所を消したのです。 確かに、昔のサイトの中には「すごい出来」とは言えないものもありました。 でも、それらは楽しくて、奇妙で、面白いものでした。 昔は「ウェブをサーフィンする」と言っていましたが、それは本当にぴったりの表現でした。 未知の世界を探索するような冒険感があったのです。
(中略)
NeoCitiesで私が目指していることは、GeoCitiesのパロディサイトを作ることではありません。 もちろん、そういう使い方をする人がいても構いません。 このプロジェクトの目的は、懐古趣味ではありません。 目的は、私たちが再び創造できるためのプラットフォームを作り直すことです。 自分の好きなようにできるサイトを持つこと。 これは単なるノスタルジーではありません。 本当に私たちは、オンライン上で自由に創造し、豊かに自己表現するための場所を失ってしまったのです。 そして私は、それを取り戻したいのです。
開設から13年たった現在、NeoCitiesには160万を超えるサイトがホストされている。サイト一覧から探索してみると様々な個性的なサイトに出会えるだろう。 そこにあるのは、巨大なJavaScriptフレームワークやモバイル対応のための無個性なデザインとは無縁で、創作精神溢れる90/00年代のようなインターネットだ。
インディーウェブにおけるコミュニティ
Web1.0な個人サイトは、孤島のようにただ散在しているわけではない。リンク集を通じてサイトごとにつながりがあり、ゲストブック(個人サイトなどに設置される一行掲示板)を通した交流もある。チャット的なコミュニケーションにはIRCやXMPP、Matrixのようなオープンなプロトコルがよく使われる。
Webring

▲Lainchan Webringのバナー集
Webringは個人サイト同士が輪のように相互リンクで繋がる仕組みだ。 サイトの訪問者はサイトからサイトへリンクを辿って渡り歩く。 検索エンジン以前のインターネットの探索方法だ。 Google検索の一覧性はインターネットから冒険性を奪い、代わりにSEO最適化した広告収益のための瓦礫の山を与えた。
好きなWebringを一つ挙げると、Lainchanの/Ω/(テクノロジー板)の「Let’s Create a Webring!」スレから生まれたLainchan Webringだ。 スレにリンクとバナーを貼り、Webringに参加している各サイトが貼られたサイトをリンク集に付け加えていく。
ちなみにLainchanはアニメ『Serial Experiments Lain』をモチーフにした4chan型掲示板でテクノロジーから文化、ドラッグまでサイバーパンクな話題を取り扱っている。 過疎っているが良質な掲示板だ。
Tilde

▲tilde.clubのgopherページ
インディーウェブにおけるコミュニティの形態に、「Tilde」というものもある。 2014年にPaul Ford氏がtilde.clubを立ち上げたことで始まった。
1990年代の古き良きインターネット時代、私のような(当時はまだ若かった)オタクだったら、CyberFox.netとかいうサーバーでアカウントを取って、自分のWebアドレスは http://CyberFox.net/~vixen になった(あなたは「vixen」というわけだ)。そしてそのアドレスにWebページを置くことができた。 初期のパーソナルWebはこうした小さな「チルダサイト」を中心に発展した。ブログの前身だ。「~」はTwitterの「@」に少し似ている——「ここに一人の人間がいますよ」と示すショートカットだ。
tildeは共有のUnix/Linuxサーバー上に構築されるコミュニティで、ユーザーはSSHでログインしたシェルアカウントから、メールサービスを利用したり、IRCなどでチャットしたり、Fingerプロトコルのプロフィールやチルダ(tilde)記号~から始まるURI(例: https://example.com/~user)の個人Webスペースにプロフィールやコンテンツを各自残したりしていく。 ゲームなどができるサーバーもある。
提供しているサービスはサーバーごとに様々なので説明がしにくい。
共有サーバーを今の時代に公開するのは権限昇格などの脆弱性が怖くなるが、Paul Ford氏いわく
public_htmlディレクトリのバックアップを毎週取ります。エストニアのティーンエイジャーがハッキングして全てを壊しても、新しいサーバーを立ち上げてなんとか復活できるように。
とのことだ。
tildeverse.orgやtilde.wikiに各サーバーや情報が集まっている。
テキスト中心のインターネット - さらに昔へ
WWW(ワールド・ワイド・ウェブ)は1989年にCERNの科学者によって発明されて以降、技術の進歩と需要の派生に伴い進化していった。 拡張されていくHTTPヘッダー/HTML/CSSの仕様、場当たり的な設計のJavaScript、複雑なブラウザAPI、トラッカーまみれのウェブサイト。 ここまで何度も書いたように、現在のウェブ技術は過度に複雑化しすぎだ。
Webブラウザも現代的で実用できるものはFirefoxやChromiumとその派生か、Safariだけだ。 今やChromiumのソースコード行数はLinuxカーネルを超えており、個人が趣味で実用的なブラウザをスクラッチから作るのはかなり難しいだろう。
インディーウェブはWebにおける初期への回帰であるが、“WWW"そのものに対するオルタナティブもまた存在する。
ここでは2つのTCP/IP上のアプリケーション層プロトコルを紹介する。
Gopherプロトコル

▲gopherクライアント(Lagrange,ncgopher,Bombadillo)で開いたgopherページ
1991年にミネソタ大学で生まれたのがGopherだ。ミネソタ大学のマスコットのホリネズミ(gopher)と"gofer(パシリ)“をかけ合わせた命名らしい。
URLはgopher://から始まり、TCPポート70を使用する。
WWWにおけるWebサイトをgopherhole、ブログをphlog、Gopherサーバーが形成する情報空間全体をGopherspaceと呼ぶ。
Gopherholeはメニューと各アイテム(平文テキストや画像など)から構成される。
簡単なGopherの仕様
クライアントからのリクエストの形式:
<セレクタ>\r\n
サーバーからのレスポンスの形式:
<アイテムタイプ文字><表示テキスト>\t<セレクタ>\t<ホスト>\t<ポート>\r\n
<アイテムタイプ文字><表示テキスト>\t<セレクタ>\t<ホスト>\t<ポート>\r\n
...
.\r\n
アイテムタイプ文字の種類(代表的なもの):
0 プレーンテキスト
1 サブメニュー
i メニューの情報行(表示専用、非リンク)
3 エラー
7 検索クエリ
8 Telnet
9 バイナリ
I 画像ファイル
g GIFファイル
※タイプ文字は他にもあり、拡張なども多く存在する
例:
リクエスト:
※ルートメニューは"\r\n"を送信するだけで良い
レスポンス:
iWelcome to my gopherhole! fake (NULL) 0
0About this server /about.txt gopher.example.com 70
1Phlog /phlog/ gopher.example.com 70
IPicture of My Dog /mydog.jpeg gopher.example.com 70
1Links /links/ gopher.example.com 70
リクエスト:/phlog/
レスポンス:
iThese are my phlog posts fake (NULL) 0
0My third post /blog/2026-06-03.txt gopher.example.com 70
0My second post /blog/2026-06-02.txt gopher.example.com 70
0My first post /blog/2026-06-01.txt gopher.example.com 70
MINNPOSTによる『The rise and fall of the Gopher protocol』という記事は、理想を持ったミネソタの若者たちがGopherを生み出し、しだいに挫折を迎える物語が描かれていて一読の価値がある。
90年代初期においてGopherはWebよりも普及していたが、後半になると多くがWebに移行していった。 その後しばらくの間は、衰退しながら懐古趣味な愛好家たちによりほそぼそとGopherコミュニティが続いた。
しかし、昨今のWebの煩雑化の前にシンプルなGopherを見直す動きが生まれた。 Gopherspaceが再び広がりだした。 2014年には144台しかなかったGopherサーバーの数は、2026年には400台を超えている。
Geminiプロトコル
▲geminiクライアント(Lagrange,Geopard,Amfora)で開いたgeminiページ
gemini://から始まり、TCPポート1965を使用する。
Gopher同様独自の語彙があり、WWWにおけるWebサイトをcapsule、ブログをgemlog、Geminiサーバーが形成する情報空間全体をGeminispaceと呼ぶ。
WebにHTMLがあるように、Geminiではgemtextというファイル形式を中心にやり取りをする。MIMEタイプ(非公式)はtext/geminiで、拡張子は.gmiだ。 マークアップのルールは大まかに5つしかない。リンク、見出し、リスト、引用、整形済みテキストだけだ。
gemtextのルール
平文は、長い行はクライアント側で画面幅に合わせて折り返され、短い行同士は結合されない。
段落は一つの長い行として書き、また、空行はそのまま表示される。
斜体や太字はない。
=> gemini://gemini.example.com/path/page.gmi
=> gemini://gemini.example.com/path/page.gmi リンク先のページ名
# 見出し大
## 見出し中
### 見出し小
* リストの要素1
* リストの要素2
* リストの要素3
> これが引用された文章。
```
ここは整形済みテキスト
=> これもリンクとして解釈されない
# これも見出しにならない
```
かなり削ぎ落としたMarkdownといった感じだ。いくつかの理由でMarkdownを採用しなかったが、採用していたら今の大規模LLMとの相性で何かしらバズれたんじゃないかという気もする。 しかし、ユーザー層はそれを好まないだろうし、インディーウェブの思想的にも合わないだろう。
全体的にGeminiはGopherとWebの中間といったところだろう。 通信プロトコルもシンプル化したHTTPSといったところで、静的なファイルの配信だけでなく、フォーム入力やインタラクティブなやり取りも可能だ。 検索エンジンや掲示板、アスキーアートを使用したゲームなどもある。 平文通信するGopherに対し、Geminiは通信がTLS暗号化される。ただし、認証局を利用せず、初回の鍵交換がMITM攻撃に対して脆弱だ。
GopherクライアントとGeminiクライアントは数多く存在するが、まずはWebゲートウェイから軽く覗いてみるのがいいだろう。
一部クライアントでは日本語表示が崩れるが、既成のクライアントを使いたい場合、
- Amfora(Geminiクライアント,TUI)
- Lagrange(Gopher/Gemini/Finger/Spartan/Nex/Misfin/Guppy/Titanクライアント,GUI)
- Bombadillo(Gopher/Gemini/Fingerクライアント,TUI)
あたりをおすすめする。
簡潔な仕様により容易にクライアントやサーバーを自作できるのでそれもおすすめだ。
GopherやGeminiに続こうとするプロトコルを作る試みもいくつかあるので、掘ってみると面白いかもしれない。 これらをまとめてSmolnetと呼ぶ。
これはただのレトロなネット体験ではない。 通信は一瞬でポップアップ広告もトラッカーのない、テキスト中心のもう一つのインターネットが広がっているようなものだ。 Webとインターネットは同義語ではないということを明確に認識させてくれるだろう。
復古せよ!
現在の主流なネットに対する"オルタナティブなインターネット"はここであげたもの以外にもいくつかある。 TorやI2P、Freenet(Hyphanet)やそれらに派生する匿名ルーティング/P2Pネットワーク、OpenNICのようなオルタナティブDNSルート、ブロックチェーンを利用した"Web3"ネットワーク。
インディーウェブが特異なのは、それが主流のインターネットに対し、全く切り離された別物ではない点だ。
2000年代であれば、“インディーウェブ"と呼ばれるものはオルタナティブでもなんでもなく、メインストリームであり、当たり前だった存在だ。 かつてのメインストリームが、現在のメインストリームに対するオルタナティブになっている。
そこにあるのはただの懐古趣味だけではない。 巨大企業とアルゴリズムによる受動的な消費に支配されるメインストリームに対する、個人の主体的な創作と選択によるDIY精神・アナキズム的カウンターだ。
ここまでに紹介した文化は、どれもコロナ禍のロックダウン中に大きな盛り上がりをみせた。
2020年代初期はインターネットのトラフィックが増加し、他にも多くのネット文化が盛り上がっていた。 ネットが死に向かう前の最後の輝きのようなところがあったと思う。
今後AIによる投稿とコンテンツが氾濫し、死のインターネットが待ち受けているかもしれないが、インターネットに育てられた世代として、その楽しみを延命させることに希望を見出すべきではないか?