インドシナ旅記
4月に一ヶ月ほどインドシナ半島の国々を旅したときの記録。
写真はスマホで撮ったものとフィルムカメラで撮ったものが混ざっている。
ハノイ
寝坊でフライトを逃し、フライトチェンジで取った翌日の便でハノイへ。
ノイバイ空港のゲートを出てすぐの店でバインミーを食べた。Grabを呼び旧市街近くの宿へ。そこそこ遠かった。フランス植民地時代の建築様式が残るハノイ旧市街は、スクーターの排気ガスで空気が濁っていた。
ドミトリーの宿に宿泊したが、2段ベッドの上段で、壁と下のベッドの隙間に何回かものを落としてた。
両替をし、旧市街を散歩した。円安の今でも結構物価が安い。
タバコ屋でCraven Aを見つけ買った。ベトナムで売られているとは知らず驚いた。
通りがかったカニエ・ウェスト似(おそらく本人が寄せている)の黒人バックパッカーにThe SmithsのバンドTシャツを褒められた。
2日目はタンロン城跡を見学し、ベトナム戦争時の軍事司令部地下壕などを見て回った。移動にはGrabを使う。バイクの後部に乗り街を走り抜けるのは爽快だった。その後いい古着があるかもしれないとドンスアン市場へ。良さげなものはなさそうだった。夜は旧市街を散歩して過ごす。
3日目は朝食に謎の麺料理やバインミーを食べ、コーヒーを飲み、街を散歩する。軍の施設の近くの売店でベトナム軍のレインポンチョを買った。軍事博物館へ行ったが定休日で閉まっていた。旧市街へ戻りしばらく食べ歩きをし、その後バスターミナルに向かう。ギリギリでルアンパバーン行きのバスに乗る。乗る場所がよくわからなくて人に聞きまくった。
▲ハノイの街並み ▲ホアンキエム湖 ▲列車通り ▲レーニン像 ▲タンロン城跡 ▲司令部地下壕 ▲ドンスアン市場 ▲Grabのバイクに乗っての移動 ▲謎の料理。あまり美味しくなかった。










▲裏路地
ハノイからルアンパバーンへ
バスは寝台バスで、二段になったカプセルホテルのような座席だった。1時間程度は軽く眠りにつけた。
外が明るくなり風景を眺めていると、途中国境近くでバスが止まり、自分だけ降ろされ、別のバンに乗せられた。少し移動して、また別のバンに乗せられたが、そこには自分以外に地元民数名や欧米人のバックパッカーが3人乗っていた。2人はデンマーク人、1人はドイツ人らしい。国境近くというのもあり、多少ビビっていたがある程度安心した。
途中で食事休憩を挟みラオスへ。
ベトナムの出国ゲートとラオスへの入国ゲートを通過してしばらくし、風景が街になると、バンを降りる。トゥクトゥクに乗り換え、ムアンサイ駅というラオス中国鉄道の駅に向かう。
手荷物検査を通り駅に入る。売店ではラオスキープしか使えず、キープを持っていなかったため水を買えず、待ち時間ずっと喉が渇いていた。ウォーターサーバーのようなものもあったが故障していた。
鉄道に乗りルアンパバーンへ。
▲別のバンに乗せられた国境近く ▲食事休憩 牛肉のフォー ▲ベトナム出国ゲート ▲食事休憩 もち米と豚肉のすり身 ▲ラオス中国鉄道の線路と夕日




ルアンパバーン
チケットを買い、ルアンパバーン駅からバンに乗り市街地へ向かう。駅から市街地までの道は意外と綺麗に舗装されていた。
近くのSIM屋でSIMカードを買った。ドルで支払おうとしたが、お釣りが足りず、近くのホステルで両替をしてからキープで払った。SIM屋のおじさんは英語を話せなかったため、姪っ子が通訳をしてくれた。その後宿にチェックイン。受付のスタッフがワンピースのシャツを着ていた。宿の部屋はかなり快適で、よく眠れた。丸24時間程度の移動で疲れていた。
昼頃に目覚める。洗濯物を出し、街をぶらつく。ルアンパバーンはメコン川に面した観光が中心の街で、欧米人と中国人が多かった。一度日本人に声をかけられた。フルーツと肉が特に安くていい。
翌日は国立博物館や寺院を見て回った。宮殿を改装した国立博物館には日本政府からの寄贈品もあった。夕方、プーシーの丘の上から街を眺める。夜はナイトマーケットへ。
3日目。モーターバイクレンタルでバイクを借りクワンシーの滝へ。道中、スマホで地図を見ていたら、砂利道で足元を取られスリップして腕を擦りむいた。
ペットボトルの水で洗い流し、持ち合わせていたアルコールガーゼで消毒し、タオルを巻いた。トイレでタオルを取って傷口をみていると、通りがかった親切な観光客が持っていた包帯を巻いてくれた。感謝をし話を聞くと、友達と一緒にドイツから来たらしい。
クワンシーの滝はなかなか圧巻の風景。熊園などもあり一時間半ほど滞在。
バイクのフロントフェンダーとミラーにかなり傷が入り、レンタル屋に修理費を請求された。交渉で多少下がったが、後でヴァンヴィエンで別のレンタル屋に聞いたところ相場より3000円くらい盛られてたらしい。交渉の時間のせいでヴァンヴィエンへの列車に遅れ、ルアンパバーンの滞在を一泊延長することに。
翌朝、早朝に行われる僧の托鉢を見ようと思っていたが寝坊して見逃す。トゥクトゥクに乗って駅へ。ヴァンヴィエンに向かう。
▲ルアンパバーンの街並みとメコン川 ▲ワット・マイの仏像 ▲プーシーの丘から眺めたルアンパバーン ▲クワンシーの滝 ▲腕の怪我 ▲クワンシーの滝からの帰り道の風景と途中で食べた料理






ヴァンヴィエン、ヴィエンチャン
ヴァンヴィエン駅を出るときに包帯を巻いてくれたドイツ人と会った。駅からは乗り合いのトゥクトゥクでヴァンヴィエン中心部へ。宿に荷物をおいて、街を散策し、昼食を食べる。
レンタルバイク屋でスクーターを借りてブルーラグーンへ。まずブルーラグーン1へ向かった。道はガタガタでまたスリップしないか怖かった。ブルーラグーン1は中国人観光客でごった返していた。少し休んでブルーラグーン3へ。モーターバイクで広大な風景の中を走るのはなかなか爽快だった。
ナビの案内で途中柵に囲まれた集落を一つ横切ったが、原始的な農村の風景とトタン板や錆びのマテリアルが合わさり、雰囲気がゲームのRustのようで気に入った。ブルーラグーン3は欧米人観光客が多かった。しばらくぼんやりと休んで、帰路につく。その途中で夕食を食べた。道中ではよく牛が歩いていた。
観光客で賑わう街を軽く散歩し、疲れていたのでマンゴーとパイナップルを一個ずつ買い、宿で食べてすぐに寝た。
翌日、バスでヴィエンチャンへ。ヴィエンチャンはルアンパバーンやヴァンヴィエンに比べ都会で、人口比的に観光客が少なく、街並みはよりリアルに感じた。包帯の交換用のパッドを薬局で買い、チェンマイ行きのバスのターミナルの近くのモールなどを見て回った。
ヴィエンチャンでバスに乗りチェンマイへ。
バスで相席したスイス人バックパッカーと、途中のバスを乗り換えた国境付近の街でご飯を食べた。ソンクランで多くの店がしまっていて、バス停近くの道で串焼きを売る店にした。教師をしていることや、徴兵を民間奉仕で代替したこと、スイスでは銃や大麻に関して自由なことなどを話してくれた。バスでは少ししか寝られなかった。
▲ヴァンヴィエンの街並み ▲料理の名前を忘れた。美味しかった。 ▲ブルーラグーン1 ▲ブルーラグーン3 ▲なぜか鳥居があった ▲名前を忘れた料理その2 ▲ヴィエンチャン






チェンマイ
1日目
朝早くにチェンマイに着き、バス停から歩いてホテルへ向かう。そこらじゅうにマリファナショップがある。ソンクラーン初日だったが、朝早いうちはまだ屋台の設営中の人がちらほらいるだけだった。
宿に荷物を預け両替をする。古着屋を覗いてみたらルーマニア軍のバックパックが200バーツだった。安い。
パレードが始まり、寺院からお神輿や楽器を担いだ僧が出てきて、街を行進する。
濡れてもいいよう着替えるために宿に戻る途中、水鉄砲を持ってなくてもお構いなしに水をぶっかけられた。宿の近くで150バーツのタイパンツを買い、服を着替え水鉄砲とスマホの防水ケースを買いソンクラーンに参加。
チェンマイの旧市街は四角形の堀に囲まれていて、東西南北に一つずつ門がある。堀の周辺が激戦区となっていて、歩行者は堀に沿った道路を歩きながらお互い水を掛け合い、ディンソーポンと呼ばれる白い粉を頬に塗る。屋台の店員たちは氷の入った大きなバケツに堀から汲み上げた水を溜め、水鉄砲や小さいバケツで歩行者に水をぶっかける。車道にはハイラックスやラプターのようなピックアップトラックが走り、荷台に乗った人々が水をかけまくる(かなり冷たい)。酔ったタイのパリピに絡まれたりしつつ楽しんだ。
2日目
起きてチャーハンを食べる。昨日買ったタイパンツは破れていたのでまた別のタイパンツを買う。水鉄砲を持って外へ。タイパンツは途中でまた破れたので部屋着として持ってきていたランニング用のショーツに着替えた。
途中タイ人の家族に話しかけられた。日本に旅行に行ったことや家族の1人が日本に住んでいることを話してくれた。旧市街の門の一つの前がステージになっていて、DJが盛り上げている。夜帰る途中も水をぶっかけられまくる。ジップロックに入れていたパスポートも濡れていた。
▲ソンクランのパレード ▲ルーマニア軍のバックパック。日本での相場と比べるとだいぶ安い。 ▲2日目の朝食 ▲ソンクランの様子




ヤンゴン
翌朝チェンマイの宿の人が少し安い料金で空港まで送ってくれた。どこから来たのか聞かれ日本だと答えると、台湾人だと思っていたと言われた。日本旅行に行った話もしてくれた。
ドンムアン空港からヤンゴン空港へ。飛行機にチェックインするとき濡れたパスポートを理由に航空会社に止められたが、書類を発行してくれて無事飛行機に乗ることができた。 ヤンゴン空港に着くも水かけ祭りの期間で渋滞を避けたいからか、空港近辺でGrabが捕まらなかった。野良タクシーは交渉しようとしても高い値段しか提示してくれない。バスもどうやら休みのようだったが、バス停にいた女の子が空港から少し離れたところまでタクシーにタダで相乗りさせてくれた。それから彼女のアドバイスでGrabを使って宿に向かった。
街中が水かけ祭りの最中で、道路はかなり渋滞していた。車の比率が高く、バイクが少ない。チャイナタウンにあるホテルに着くと、建物のベランダからいきなり水をぶっかけられた。その夜周りを散歩し、レストランで夜食を食べた。店員と言葉が通じず、メニューの写真を指差して注文した。
2日目
起床後ホテルから白玉団子のようなものをもらった。外へ出ると黄色いメキシコ66を履いた少年からグータッチを求められた(何を言っているのかわからなかった)。近くの食堂で朝飯を食べる。
水かけ祭りの最中で水をかけられながら街を歩き回る。チェンマイよりもだいぶ水かけに躊躇がない。モールやレストラン、市場は大体休みになっていた。
ヤンゴンの街には観光客はほとんど見当たらない。空港でSIMカードを買ったとき前に並んでいた中国人親子と一度街ですれ違ったのを除けば一度も街中で見かけなかった。欧米人は空港ですらみかけなかった。また、南アジア系の住民や料理屋も多かった。
シュエダゴン・パゴダへ行き、土曜日の方角の仏像に水をかけてお祈りする。隣にある公園を散歩。その後ダウンタウンの英国コロニアル様式の街並みを散歩する。 街は水掛け祭りで盛り上がっていて、設営されたステージだけでなく、路上や小さな公園でも音楽をかけて人々が踊っていた。
内戦中の国とは思えない賑やかさだった。
3日目
街を歩き回る。道でビンロウが売られていたので買ってみた。まずいだけであまり効果は感じられなかった。
スーレーパゴダに行く。999 Shan Noodleを食べに行こうかと思ったが、休みだったので違う店でハンバーガーを食べた。
その後再びシュエダゴン・パゴダへ。歩き回っていると尼さんに声をかけられる。ビルマ語でいろいろ話しかけられてとりあえず相槌を打って聞いていた。どうやらアニメが好きで日本に行った甥っ子の話らしい。
そのあとパゴダを出てまた公園を散策、空港へ。野良のタクシーを捕まえGrabの価格を提示し交渉したらGrabよりも安く乗せてくれた。途中検問のようなものがあったが、日本からきたというとすんなり通してくれた。空港でKFCのチキンを一つ食べた。バンコクへ。
▲連れてきてもらった空港から少し離れたところ。 ▲Grabの車内からの水掛け祭りの様子 ▲チャイナタウン近辺の街並みとレストラン ▲白玉団子のようなもの ▲2日目の朝食 ▲チャイナタウン近辺の街並み ▲ホーリー・トリニティ大聖堂 ▲シュエダゴン・パゴダ ▲シュエダゴン・パゴダの隣の公園 ▲ヤンゴンの街並み ▲ビンロウ ▲3日目昼食 ▲フィルムカメラで撮ったヤンゴン












バンコク
空港からカオサン通り近くのホテルまでGrabを呼ぶとAionというEV車だった。EV車に乗るのは(おそらく)初めてだった。ホテルにチェックインする。オーナーは白人のおじいさんで、ヒジャブをした現地人と思われるおばさんが受付をしていた。
翌朝、服を洗濯に出し朝食を食べ、その後チャトゥチャックマーケットへ。かなり広大で、一日中時間を潰せる。日本の中古品を売っている店もいくつかあった。古着が売られているセクション5・6は日本のメルカリ価格と変わらないくらいの微妙な感じで何も買わなかった。
市場を回る最初の方でいい感じのバンドTが600バーツで売られていて、買おうかと考えたが他も見たくて見送った。あとでまた見に来ようとしたら店が見当たらなかった。値引けばもう少し安くなっただろうし買っておけばよかった。隣にある古着屋や骨董品屋が入っている赤ビルも見て回った。
マーケットへの行き来はGrabでバイクを呼んだが、ベトナムよりも速度の変化が(体感)大きく、振り落とされないか少し不安だった。その後タラーロットファイラチャダーに行った。夜はカオサン通りで酒を飲み、起きたら翌日の午後だった。ハンバーガーを食べてシーナカリン鉄道市場へ。結局何も買わなかった。夜はまたカオサン通りで酒を飲んだ。
昼頃に起きて、シーロムの日本人街やアソークを散歩した。道の途中でルアンパバーンの包帯を巻いてくれたドイツ人にまた会った。MRT/BTSの他に移動でバスに乗った。乗ったら客席にいるおばさんに料金を渡す。ギュウギュウ詰めの満員で、バスのドアが開いたまま走行していた。
▲カオサン近辺の街並み ▲かなり安かったが味があまりあわなかった。 ▲チャトチャック市場 ▲シーナカリン鉄道市場 ▲シーロムの日本人街 ▲少し辛かった気がする ▲ドアを開けたまま走行するバス ▲バンコクの街並み








シェムリアップ
起きてすぐに空港へ。タイ・カンボジア国境は封鎖されていて陸路が使えないため、飛行機でシェムリアップに飛ぶ。アライバルビザの取得は簡単だった。宿にチェックインし、近くの店で鴨肉を食べる。支払いはドルで、お釣りはリエルで渡される。
街を散策。店のテラス席にいるのは白人のおっさんばかりで、観光客のための街といった感じ。かなり物価が安い。船上の村を見に行こうとしてトゥクトゥクに乗ったが、すでに夜で、村に行くにも船に乗らなきゃいけないらしい。すぐにホテルに戻った。
翌日、昼頃に起きてハンバーガーを食べる。アンコールワットへ。入場料が高かった。入口にいたガイドが日本語を話せるようでガイドを提案してきたが断った。
遺跡はゲームの古代ダンジョンのようで、ラーマーヤナやインド神話をテーマに描かれた壁画を眺めながら歩いてゆく。
トゥクトゥクでアンコールトム、タ・プローム、プノンバケンもまわった。山の上にあるプノンバケンについたのは閉まるギリギリだった。
トゥクトゥクの青年がイケメンだった。
▲鴨の丸焼き ▲アンコール・ワット ▲アンコール・トム ▲タ・プローム ▲プノンバケンからの夕日




プノンペン
シェムリアップを散歩しながらバスターミナルへ向かう。バスに乗りプノンペンへ。夕飯に屋台のチャーハンを食べたが、これが美味しかった。お腹が空いていたのでその後インド料理屋へ。軽く散歩してから寝た。
昼前に起きてロシアンマーケットなどを散歩する。近くにコピー版ソフトやゲーム、CD/DVDを売っている店を見つけ、今どきそんな店が生き残っているのが面白かったのでいくつか買った。一つが1ドル程度。その後イオンモールへ。日本のチェーンや商品が多い。味千ラーメンを食べた。
帰路を歩きながら、日本のものが売られてる中古品店などを見て回る。街並みが楽しい。途中マックスバリュで果物を買いまくりドミトリーのロビーでナイフを借りて一気に食べた。3つほど食べたあたりから少し飽きてきた。少し買いすぎだったかもしれない。
▲プノンペンの街並み ▲屋台のチャーハン ▲インド料理屋のナンとビリヤニ ▲ロシアンマーケット ▲コピー版を売っている店と買ったもの ▲イオンモール ▲味千ラーメン ▲モニポン橋からみたプノンペン ▲マックスバリュで買った果物。計5ドル。









ホーチーミン
翌朝起きてバスに乗りホーチミンへ。
少し疲れていたのでホーチミンでの滞在はゆったりと過ごすことにした。ずっと宿で過ごした日もあり、あまり書くことがない。
ブイビエンやレタントン、ショッピングモールなどを散歩した。帰国より一足先に日本食が食べたくなりCoCo壱や丸亀製麺を食べた。フットマッサージもやってみた。古着市場にもいったが古着の山から掘り出すのは面倒で散歩するだけだった。
街を歩いていたらかなり泥酔したおっさんに声をかけられ、一緒に道端でビールを飲んだ。何を言っているのかはわからなかった。途中奥さんと思われる人がスクーターで迎えにきて、おっさんは怒られていた。
▲古着市場 ▲300円ステーキ ▲ポスター屋。何も買わなかった。 ▲ブイビエン通り




帰国
ホーチミンから羽田に飛んで一週間ほど首都圏に滞在した。高円寺のじゃぐらというラーメン屋の濃厚魚介豚骨味噌ラーメンがおいしかった。
好きなバンドのTシャツを着ていたので、東南アジアでも日本でも、よく欧米からの観光客にそれについて声をかけられた。
旅の中で一番気に入った都市はヤンゴン。観光客が少なく、街並みと人々の雰囲気が気に入った。また行きたい。
▲羽田空港 ▲じゃぐらの濃厚魚介豚骨味噌ラーメン

おまけ:野良犬の写真
ルアンパバーン
ヤンゴン
プノンペン
ホーチーミン