マンチェスター旅記

去年の11月にマンチェスターを訪れた旅記

写真は11月の旅の写真にまとめてある。

1日目

アムステルダム・スキポールからマンチェスター空港へ。 空港のバスターミナルから外へ出ると大雨が降っていて寒い。 二階建てバスに乗って宿のあるRusholmeへ向かう。

Rusholmeの南アジア料理屋でチキンビリヤニを食べる。 南アジア系や中東系の料理屋の多い、The SmithsのRusholme Ruffiansという曲の名前にもなっているエリアだ。

近くの南アジア系スーパーでナンと水とハリボーを買うもナンの賞味期限は切れていた。

宿はRusholmeの近くにあるが少し怪しく、ドアが壊れていて、部屋もカビ臭かった。 アフリカ系(おそらくナイジェリア系)のオーナーは3泊のはずが2泊だと勘違いしていたり、決済する時にも他の人と間違えられていたりした。 近くに教会とモスクがあった。

南アジアや中東系の店が並ぶRusholmeのWilmslow Road、通称Curry Mile

南アジアや中東系の店が並ぶRusholmeのWilmslow Road、通称Curry Mile

住宅街

住宅街

2日目

近所のランドリーで洗濯をし、待っている間コンビニでアイスを買って食べる。

徒歩で市街地に向かいマンチェスター市街地を散歩。 一度引き返しRusholmeでチーズナンを食べる。

Rusholmeとマンチェスター市街地の間には、マンチェスター大学や、Vicar in a Tutuの歌詞のモデルになったと言われている教会がある。 少し足を伸ばし、The SmithsのQueen Is Deadのスリーブ写真が撮られたSalford Lads’ Clubを訪れる。

フィッシュアンドチップスを食べ、夜の市街地を歩き回る。 マンチェスターピカデリー駅の辺りを歩いていると、自転車に乗った浮浪者らしきおじさんに飯は持ってないかと聞かれた。 詐欺か何かと思い、反射的に持っていないと答えるとどこかに消えた。金ではなく食べ物をもってないか聞かれたので詐欺やスリの類ではないのかもしれない。

少し歩くと、気づかぬうちに沈んだ雰囲気をまとっていたのか、ドレスのような服を着た頭に飾り物をつけた女性に、「暗い顔しないで、あなたは1人じゃないわ」的なことを言われた。 それがきっかけでさっきの浮浪者らしきおじさんに何か食べ物を渡そうと思い元いた場所に戻ったが姿はなかった。 周辺を探していたら似たようなおじさんが酒瓶を持って歩いて行って、調子はどうだみたいなことを話しかけてきた。だいぶ酔っているようだった。

Not badと答え、「さっき自転車に乗っていた人か?」と聞くと困惑していたので、何回か言い直すと、近くにいたダウンジャケットを着たアフリカ系の男に「“coke"がほしいのか?」と聞かれた。

bicycleをコカインの隠語だと思われたのかもしれない。 違うと伝え、おそらく浮浪者のおじさんとは別人のそのおじさんには「なんでもない、ありがとう」と言いその場から離れた。 ゲイタウンやクラブ街なども散歩した。

マンチェスターではこの旅で訪れた他の都市街の人がよく話しかけてくれる。

Salford Lads’ Club

Salford Lads’ Club

夜のマンチェスター市街地

夜のマンチェスター市街地

3日目

朝はRusholmeでチーズナンを食べる。 歩いてStretfordへ。

モリッシーの実家、Still illの歌詞に出てくる鉄橋などを見て回る。 Cemetery Gatesの歌詞になった墓地、Southern Cemeteryを見に行く。 夕方から再びマンチェスター市街地へ、アンディ・ルークのグラフィティがあった。

マンチェスターピカデリー駅の周辺にアニメコスプレをした人や日本の原宿系や地雷系ファッションの服を着た人を何人か見かけた。 Hyper Japanというイベントがあったらしい。

Joy Divisionのアルバムのジャケットになった歩道橋で写真を撮る。

帰りにマンチェスター大学の近くを通りかかると、90年代に活躍したフォークロック/アナーコ・パンクバンド、LevellersのギグをManchester Academyというライブハウスでやっていた。 Manchester Academyはマンチェスター大学の学生組合が運営しているライブハウスらしい。Wikipediaの過去の出演バンド一覧はビッグネームが名を連ねている。 ギグが気になったが予約は終わっていた。しかし会場前にいたダフ屋らしき人からチケット買えた。 チケットは38ポンドだったのに25ポンドしか現金を持ち合わせていなかったがまけてくれた。 チケットを販売価格で売っていたからおそらくダフ屋ではなくてただチケットを余らせて予約した人のはずだ。ありがたい。

身体検査を通って会場に入ると、すでに前座のシンガーソングライターが歌っていた。Levellersらしく前座も「社会派」なアーティストだった。

ステージ前のエリアは大学生〜20代で埋め尽くされていたが、後方に行くにつれ年齢層が高くなっていき、全体として年齢層はさまざまだった。 Levellersを象徴するRolling Anarchyのロゴをつけたバトルジャケットを着ていたりする、90年代から聴き続けてこのバンドと一緒に年を重ねて来たであろうファンもよく見かけた。 Levellersが登場すると一気に歓声が上がる。後方のほうから観ていたがそれでもわかるほど会場は熱気で溢れていた。 こんなにもマンチェスターな経験をできたことに感動していたし、忘れられない良い思い出になった。

Still illの歌詞に出てくる鉄橋

Still illの歌詞に出てくる鉄橋

Southern Cemetery

Southern Cemetery

アンディ・ルークのグラフィティ

アンディ・ルークのグラフィティ

Manchester Academy

Manchester Academy

Levellersのギグ

Levellersのギグ

4日目

朝は中東系の店でラム肉を使った料理とナンを食べた。

マンチェスターピカデリー駅周辺の店を回る。 Affleksというビルが面白かった。古着屋やエモやAlt-Fashionっぽい服屋、日本風のメイドカフェ、ポスター屋、中古家電屋など雑多な個人が運営する店が入っていた。 骨董品店やカメラ店なども回った。 街を歩いているとまた2日目に探していたおじさんに出会えた。

世界で最も美しい図書館の一つと呼ばれるジョン・ライランズ図書館を見に行こうとしたが休館日だった。

マンチェスターピカデリー駅の近くで誰かが警察に取り押さえられていたのを見学していたら、通りがかったおじさんが「この辺は夜になると治安が悪いんだ。ドラッグディーラーがたくさんいる。(注射器を腕に打つ仕草をしながら)知ってるか?ドラッグディーラー」と話しかけてくれた。

近くにイアンカーティスのグラフィティがあった。イアンカーティスの出身地Macclesfieldに行こうとも考えたが時間に余裕がなかった。

マンチェスターの人々は70、80年代にこの街で育ったアーティストたちから聞く話とは裏腹に、人情的でオープンだった。 マンチェスター・ピカデリー駅からマンチェスター空港へ、マンチェスター空港からシャルル・ドゴール空港へ向かう(空港でHK416を持ったフランス陸軍の兵士を見かけた)。

Affleks

Affleks

イアン・カーティスのグラフィティ

イアン・カーティスのグラフィティ

CDG空港にいたフランス陸軍兵士。CCEカモがかっこいい。BMEカモにはまだ更新されていないみたい。

CDG空港にいたフランス陸軍兵士。CCEカモがかっこいい。BMEカモにはまだ更新されていないみたい。