Grand Theft Auto

SteamでRockstarのゲームがセールになっていたので、GTA Trilogy(3,VC,SAのリマスター版のセット)と4,5を買った。 5は数年前やったことがあったが途中でやめてしまった。 映画『スカーフェイス』からの影響やリファレンスがあると聞いてずっと気になっていたVice Cityから手をつけ数日前にクリアした。 今はSan Andreasをやっている。

トニー・モンタナ気分で没入してVice Cityを楽しんでいたので、『スカーフェイス』に出てくる豪邸でミニガンを乱射する最終ミッションは最高に気持ちよかった。ストーリーもだいぶ似てた。 『スカーフェイス』を直接題材にした『Scarface: The World Is Yours』というゲームもあるらしい。気になる。

GTAのカーラジオの選曲が良い。様々なジャンルが揃っているが、80年代が舞台のVice CityはPsychedelic Furs『Love My Way』Yes『Owner of A Lonely Hearts』がお気に入り。

まだ始めたばかりのSan Andreasは90年代西海岸のHipHopやグランジが多くて90年代前半の雰囲気に浸れる。 UKロックだとStone Rosesの『Fools Gold』がかかってテンションが上がった。レディへブラーオアシスあたりが出てくる一歩手前くらいの時代。

アメリカの荒々しい空気、自由と暴力と資本主義ロマンの世界、そしてそのユーモア味わえるこのゲームは、Kyleみたくエナジードリンク片手に何時間も熱中して楽しむのに最適。世界で最も売れたゲームの一つなだけある。

GTA6の舞台はVice Cityらしい。発売までに3D・HDシリーズのメインタイトルは全てコンプリートしたい(できれば外伝も)。2Dシリーズは少し触るくらいでいいかも。

リマスターされてないオリジナル版のローファイな質感のほうが味があって好みなので時間があればやりたい。


追記 3/16

San Andreasを数日前にクリアした。

Vice Cityは数日ほぼぶっ続けでプレイしたがSan Andreasはたまに起動して少しずつ進めたのでだいぶ期間が長くなった。

個性的なキャラクターが多いのが気に入った。特にイギリスからきたミュージシャンのマッカーというキャラクター。 マッドチェスターのファッションでファッキンを連呼し、セリフにもサルフォードのような地名が出てくることから、おそらくマンチェスター出身なのだろうと推測される。Vice Cityに出てきたキャラクターも何人か出てきたのもアツかった。

1992年の文化を感じられるのが楽しい。 コンプトン (ゲーム中ではGanton)の街並みやストリートギャング同士の対立など、90年代ギャングスタラップの世界観がそのまま再現されている。 ストーリーは少し大味に感じたが、広大なマップと多彩な要素、90年代の西海岸文化に没入する体験はいくらでも時間を潰せてしまう。

ギャングスタ・ラップとは、その支持者がしばしば主張するように、既存の社会状況を単に反映したものでもなければ、その批判者が主張するように、そうした状況をただ引き起こすものでもない。ヒップホップと後期資本主義の社会的フィールドが互いに浸透し合う回路はむしろ、資本主義リアリズムがアンチ・神話的な神話として通底している。 「スカーフェイス」や「ゴッドファーザー」「レザボア・ドッグス」「グッドフェローズ」、そして「パルプ・フィクション」といったギャングスタ映画とヒップホップの類似点は、それらが世界に対する感傷的な幻惑を破壊し、その「生の姿」をとらえたという主張にある。その世界はホッブズ的な「万人の万人に対する戦い」果てしない搾取と犯罪で成り立つシステムである。 ーマーク・フィッシャー『資本主義リアリズム』

ランボオが憧憬して渡ったような、19世紀ヨーロッパにとって文明の外部であったアフリカの弱肉強食の世界は、現代ではアメリカの自由主義社会の美学の中に見ることができる。

文化的アイコンになりラップのリリックにされるのは、庭に虎を買い、エルヴィラを侍らせ、ジャグジーでコカインを吸い、ライフルを乱射する『スカーフェイス』トニー・モンタナであり、「資本主義なんて婦女暴行だ!」と、弱肉強食の世界に対する人間性の拒否感や道徳を噴出させる側面ではない。

『アメリカン・サイコ』に描かれるウォール街エリートも似ている。パトリック・ベイトマンはインターネットでミーム的に、高級ブランドに包まれた"Chad"で"Sigma"なアイコンと化しているが、そこにあるのは資本主義文化への風刺の側面ではない。その手の資本主義批判は2020年代にはすでに見飽きられている。 『ファイト・クラブ』のブラッド・ピットの肉体とファシズム的男性性、ベトナム反戦映画の戦闘シーン、いずれも同じことで、楽しまれているのはそのアメリカンな暴力性とそのユーモアであり、内包された批判やシニシズムではない。社会的メッセージを意識して観る人々にとってすらも。

しかしこれは、アメリカンな暴力・自由主義社会のロマンには、世界中に通じる普遍的で根本的な魅力と娯楽性があるということを逆説的に裏付けている。

実存的使命の失われた現代社会は、欲望と自己中心性が支配するオープンワールドゲームだ。裏切りのはびこるマネー・パワー・リスペクトの闘争のなかで、CJは自分だけの成功やドラッグによる現実逃避ではなく、スイートとともにフッドのファミリーという共同体を大切にして生きることを選んだ。

GTAは、イタい中学生が露悪的なことをするためだけのゲームでもなく、ただよく作り込まれただけのオープンワールドでもない。 時代・都市・文化を味わう没入体験と、自由と暴力のロマンとユーモアを同時に楽しめる、アメリカの神話のゲーム化だと改めて感じた。